正直に言うと、50代になってから「もう一度勉強しよう」なんて思うとは、自分でも思っていませんでした。
若い頃は、勉強が得意だったわけでもなく、どちらかと言えば目の前の仕事や生活に追われてきたタイプです。
それでも、ある時ふと「このままでいいのか?」と引っかかる瞬間がありました。
この記事は、資格の話でもノウハウでもなく、50代の自分が学び直そうと思った、その正直な理由を残しておくための記録です。
なぜ50代で学び直そうと思ったのか
きっかけは、何か大きな出来事があったわけではありません。
仕事も生活も一応は回っていて、外から見れば特に不満があるようには見えなかったと思います。
ただ、ふとした瞬間に「この先も、ずっとこれが続くのか」と思うことが増えました。
今すぐ何かを変えたいわけじゃないけど、このまま時間だけが過ぎていくのは、少し怖かったんです。
体力や記憶力が落ちているのは自覚していましたし、50代で新しいことを始めるのは正直しんどいとも思っていました。
それでも「今やらなかったら、たぶん一生やらない」と感じたのが、学び直そうと思った一番の理由です。
若い頃の自分と、正直な現実
若い頃の自分は、今思えばそこまで勉強熱心なタイプではありませんでした。
学生時代も、授業よりアルバイトの予定の方が気になっていて、テスト前にまとめて何とかする、そんな感じです。
仕事に就いてからも「必要になったら覚えればいい」と思っていて、先のことを考えて準備するタイプではありませんでした。
正直、その場しのぎでも何とかなってきた、というのが実際のところです。
でも50代になって振り返ると、その「何とかなってきた」が、いつの間にか通用しなくなっていることに気づきました。
若い頃と同じ感覚でいると、気づかないうちに置いていかれる現実が、ちゃんと目の前にありました。
始める前に一番怖かったこと
始める前に一番怖かったのは、「続かなかったらどうしよう」という不安でした。
50代にもなると、気力や集中力が若い頃と同じじゃないのは、自分が一番よく分かっています。
やる気だけ出して、三日坊主で終わったらどう思われるだろう、という気持ちも正直ありました。
周りに宣言するほどでもないけど、何も残らず終わるのは、ちょっと恥ずかしいなとも思っていました。
それともう一つ、頭のどこかで「今さら頑張っても意味があるのか?」という声がずっとしていました。
年齢を理由に諦めるのは嫌だけど、年齢を無視できるほど若くもない、その中途半端さが一番しんどかったです。
実際にやってみて分かったこと
実際に始めてみると、思っていたほど派手な変化があったわけではありません。
毎日が劇的に楽しくなる、なんてことも正直ありませんでした。
それでも一つはっきり分かったのは、「やらなかった後悔」より「やってみた疲れ」の方が、まだマシだということです。
少しずつでも進んでいる感覚があるだけで、気持ちは思っていた以上に落ち着きました。
覚えるのは遅いし、忘れるのも早いです。
でも、その現実を受け入れた上で進めば、50代でもちゃんと積み重ねられるんだと分かりました。
このブログで残していくこと
このブログでは、うまくいった話だけを書くつもりはありません。
むしろ、途中で詰まったことや、思ったより大変だったことの方が多くなると思います。
資格の勉強でも、ゴルフでも、DIYでも、実際にやってみると「これは失敗だったな」と思う場面は必ずあります。
そういう遠回りや無駄に見える時間も含めて、全部そのまま残していくつもりです。
同じ50代で、何か始めたいけど少し迷っている人がいたら、「こんな感じでもいいんだ」と思ってもらえたら十分です。
立派な答えは出せませんが、自分がどう感じたかだけは、正直に書いていこうと思っています。
まとめ|50代の挑戦は遅いんじゃない
50代で何かを始めるのは、確かに楽ではありません。
体力も記憶力も落ちているし、時間にも余裕があるわけではないのが現実です。
それでも今思うのは、遅いかどうかより「やらずに終わる方が後に残る」ということでした。
完璧じゃなくても、少しずつでも動いた方が、自分の中では納得できました。
このブログでは、これからも挑戦の途中で感じたことを、そのまま書いていきます。
もし同じように迷っている人がいたら、先に進んだ一人の記録として、参考にしてもらえたら嬉しいです。