正直に言うと、この頃の自分は「電気工事士になろう」とか、そんな具体的なことは何も考えていなかった。
ただ、50代に差し掛かって、今の働き方をこのまま続けていく前提でいいのか、という違和感はずっと頭の片隅にあった。
将来が不安、というよりも、「この延長線上しか選択肢がない状態」が、なんとなく落ち着かなかった。
そんな時期に、たまたま目にした一本のつぶやきと、後から知ったエアコン工事300万円の請求書。
それは人生が劇的に変わる出来事ではないし、その場で何かを決断したわけでもない。
ただ、自分の中の前提が、静かに一つ崩れた瞬間ではあった。
将来や働き方を考え始めていた頃の話
この頃の自分は、はっきりとした危機感があったわけではない。
仕事も一応は回っていたし、生活が立ち行かなくなるような状況でもなかった。
ただ、年齢だけは確実に積み上がっていて、「このまま同じ前提で働き続けるんだろうか」という問いが、定期的に浮かんでは消えていた。
転職したいとか、独立したいとか、そういう前向きな話でもない。
むしろ逆で、何かを変えるエネルギーはないけど、何も考えずに時間だけ過ぎていくのは嫌だな、という中途半端な状態だったと思う。
同じ50代なら、この感じ、たぶん分かる人は多いはずだ。
「今すぐ答えを出さなくてもいいけど、考えること自体を後回しにはしたくない」
そんな感覚で、働き方とか、これから先の生活とかを、ぼんやり眺めていた時期だった。
目に留まった一本のつぶやき
そのつぶやきは、今思えば特別なことが書いてあったわけじゃない。
誰かが仕事の話をしていて、淡々と「こういう現場があって、こういう金額だった」と触れているだけ。
煽りもなければ、成功談でもない。だからこそ、妙に引っかかった。
普段なら流してしまうような内容だったと思う。
でもその時は、「へえ、そんな仕事の取り方があるんだ」と、頭の片隅に残った。
すごいとか、羨ましいとかよりも、「あ、こういう世界が普通に回っているんだな」という感覚に近い。
この時点では、電気工事の仕事だとも、資格が必要だとも、正直よく分かっていなかった。
ただ、自分が今いる場所とは違うところで、別の前提で仕事が成立しているらしい、という違和感だけが残った。
エアコン工事300万円の請求書を見た瞬間
その後しばらくして、エアコン工事で「300万円」という請求書の話を知った。
正直、最初に浮かんだ感想は驚きだった。金額だけを見ると、どうしてもそっちに目が行く。
ただ、不思議と「高すぎる」とか「ぼったくりじゃないか」という感情は長く残らなかった。
それよりも先に、「これ、普通に仕事として成立してるんだよな」という感覚が来た。
請求書が出て、支払われて、現場が回っている。そこに特別なことはない。
よく考えると、材料費、人件費、段取り、責任。
そういうものを全部含めた結果として、その金額になっている。
300万円という数字そのものよりも、「個人や小さな単位でも、こういう規模の仕事が成立する世界がある」という事実のほうが、強く残った。
この瞬間に見たのは、金額ではなく、仕事の形だったんだと思う。
「高い」では終わらなかった理由
もしこの話を、もっと若い頃に聞いていたら、たぶん感想は違っていたと思う。
「すごいな」とか、「そんな世界もあるんだ」で終わっていたかもしれない。
でもこの時は、頭の中で自然と別の計算が始まっていた。
誰がやっている仕事なのか、どれくらいの期間なのか、何人で回しているのか。
感情よりも先に、「これ、どういう構造になってるんだろう」という視点が出てきた。
会社の看板がなくても成立している。
特別なブランド力がなくても、依頼が来て、請求書が切られて、入金されている。
そこにあるのは、派手さよりも「必要とされている仕事」という感じだった。
だから「高い」で終わらなかったんだと思う。
この金額をどうやって取ったのか、というよりも、
「なぜ、この仕事はこの形で回っているのか」が気になった。
仕事は“やり方”で成立するのかもしれないと思った
ここで急に何かを決めたわけではない。
独立しようとか、資格を取ろうとか、そういう話に一気に飛んだわけでもない。
ただ、自分の中にあった前提が、少しだけ揺れた。
仕事は会社に属して、役割を割り振られて、その中で評価されるもの。
そう思い込んでいた前提が、「必ずしもそれだけじゃないのかもしれない」に変わった。
エアコン工事の話を通して見えたのは、
「個人でも成立する仕事が、今もちゃんと存在している」という現実だった。
派手ではないけれど、生活に必要で、なくならない仕事。
自分がやれるかどうかは別として、
「こういう働き方がある」と知っただけでも、見える景色は少し変わった。
この感覚は、あとになって振り返ると、かなり大きかったと思う。
この時点では、まだ何も決めていなかった
ここまで書くと、「じゃあその日から勉強を始めたのか」と言われそうだけど、現実はそんなに格好よくない。
この時点の自分は、まだ何も決めていなかった。
そもそも、社内SEを辞めるつもりもなかったし、起業したいという気持ちも固まっていなかった。
家のこともあるし、生活のベースをいきなり動かすのは無理だ。
「できる/できない」以前に、簡単に動ける状況じゃない。
ただ一つ変わったのは、見方だった。
不安だから資格を取る、という話じゃない。
「この仕事は、どうやって収益が成立しているのか」
そこに目が行くようになった。
このあと、自分は少しずつ調べることになる。
電気工事の世界には資格が必要だということも、第二種電気工事士という名前も、そこで初めて現実味を帯びてくる。
でもそれは、もう少し後の話。