電気工事士第2種

50代・社内SEの将来不安。雇われ続けるか、違う道を探すかで考えていた頃

2026年1月27日

正直に言うと、40代後半になった頃、はっきりした将来不安があったわけじゃない。

仕事はそれなりに回っていたし、社内SEとしての立場も安定していた。
家族もいて、生活が急に崩れるような状況でもなかった。

それでも、
「このまま同じ延長線で考えていていいのか?」
そんな引っかかりが、ふとした瞬間に顔を出すようになった。

転職したいわけでもない。
独立したいと決めていたわけでもない。
ただ、何も考えずに歳を重ねるのは違う気がした。

この頃の自分は、
答えを探していたというより、
「考え始めてしまった」状態だったと思う。

40代後半から将来の不安を意識し始めた頃

今振り返ると、将来の不安を強く感じ始めたのは50代に入ってからじゃない。
40代後半、はっきりしたきっかけがあったわけでもなく、
じわっと滲むように意識するようになった。

大きなトラブルがあったわけでもない。
仕事が急にうまくいかなくなったわけでもない。
むしろ、社内SEとしては落ち着いていた時期だったと思う。

ただ、会社の中で起きる出来事を見ていると、
自分の頑張りとは関係ないところで、
人の立場や役割が変わっていく場面を何度も目にしてきた。

部署の統合、方針転換、経営判断。
どれも個人ではコントロールできない。
その現実を、年齢を重ねるにつれて、
以前より重く受け止めるようになった。

「もし何かあったら、自分はどうなるんだろう」
そんな考えが、頭の片隅に居座るようになったのが、
ちょうどこの頃だった。

まだ何かを始めようとは思っていない。
ただ、何も考えないまま時間が過ぎていくことに、
小さな違和感を覚え始めていた。

社内SEとして続けてきた仕事の現実

社内SEという仕事自体が嫌になったわけじゃない。
むしろ、現場を分かっている立場として、
会社の中で必要とされている実感はあった。

トラブル対応、調整役、裏方の仕事。
表に出ることは少ないけど、
誰かがやらないと回らない仕事だという自覚もあった。

ただ、その一方で、
評価や立場は必ずしも仕事量や経験と比例しない、
という現実も見えていた。

会社の業績、経営判断、組織再編。
自分ではどうにもできない要素で、
役割や居場所が変わる場面を何度も見てきた。

若い頃は、
「まあ、そういうものだ」
と割り切れていたことも、
年齢を重ねるにつれて、
少しずつ重く感じるようになった。

この仕事を続けていくこと自体に不満はない。
ただ、
この仕事“だけ”に将来を預けていいのかどうか、
考え始めてしまったのが正直なところだった。

雇われ続けることへの違和感

雇われること自体が悪いとは思っていない。
むしろ、ここまで生活を成り立たせてくれたのは、
会社員という立場があったからだ。

ただ、40代後半になると、
「雇われ続ける前提」で考えることに、
少しずつ引っかかりを覚えるようになった。

自分がどれだけ真面目に働いても、
会社の方針や経営状況ひとつで、
環境が大きく変わる可能性がある。
それは社内SEとして、
長く現場を見てきたからこそ実感していた。

もし配置換えになったら。
もし組織が縮小されたら。
もしIT投資の優先度が下がったら。

どれも珍しい話じゃない。
でも、その影響を受ける側になったとき、
年齢的に次の選択肢がどれだけ残っているのか、
考えずにはいられなかった。

今すぐ何かが起きるわけじゃない。
それでも、
「この立場がずっと続く前提」でいるのは、
少し無防備すぎる気がしてきた。
それが、雇われ続けることへの違和感だった。

独立や転職に踏み切れなかった理由

将来の不安を感じていたからといって、
すぐに独立や転職を考えていたわけじゃない。
むしろ、そのどちらにも踏み切れなかった、
というのが正直なところだ。

独立については、
社内SEという仕事柄、
「仕事を取ること」の難しさが現実的に見えていた。
スキルがあることと、
安定して仕事が回ることは別物だというのは、
社内外の事例を見てきて嫌というほど分かっていた。

転職についても同じだった。
年齢を考えると、
条件を下げずに動ける保証はない。
家族がいる以上、
勢いだけで決断するわけにもいかなかった。

どちらも否定していたわけじゃない。
ただ、
「今すぐ選ぶには材料が足りない」
そう感じていた。

この時期の自分は、
決断できない自分を責めるよりも、
まずは状況を理解することの方が先だと、
どこかで思っていた気がする。

答えが出ないまま考え続けていた時期

結局この頃は、
「こうする」と決めたわけじゃない。
決められないまま、しばらく時間が過ぎた。

仕事は日々続く。
目の前の対応をしているうちに、
不安は薄れる日もある。
でも、完全には消えない。

何かを始めた方がいい気はする。
でも、何を選べばいいのか分からない。
分からないから動けない。
動けないから、また焦る。

このループが、
自分の中でずっと続いていた気がする。

ただ、今になって思うのは、
この時期に考え続けていたこと自体は無駄じゃなかった。
少なくとも、
「雇われ続ける以外の道を考える」
というスイッチは、ここで入った。

答えが出ていないのに、
考えだけが進んでいく感じ。
40代後半から50代にかけての自分は、
ずっとそんな状態だったと思う。

まとめ|判断材料が足りないまま時間だけが過ぎていった

この頃の自分は、
将来が不安だと口にするほど切羽詰まっていたわけでもない。
でも、
「このままで大丈夫だ」と言い切れるほど、
楽観もできなくなっていた。

雇われ続けることが悪いわけじゃない。
社内SEとしての仕事にも、価値は感じていた。
ただ、
それだけを前提に50代以降を考えるには、
判断材料があまりにも少なかった。

独立でも転職でもない。
何か別の道があるのかどうかも分からない。
それでも、
考えることをやめなかった時期があった。

今振り返ると、
答えが出なかった時間も含めて、
自分なりに現実と向き合っていた時期だったと思う。

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